2013年6月30日日曜日

「在外同胞 選挙」が不安に思われる理由







 4月11日に行われる総選挙は、在外同胞 による投票が初めて実施される選挙だ。選挙登録が実施されたが、3月15日現在までに登録を済ませたのは対象者の5%程度に過ぎないという。この状況を考えてみると、この新しい制度が果たして有効な制度であるのか、疑問に思えてくる。海外で選挙広報、登録、管理をするために200億ウォンに達する巨額の予算が投入されたのにもかかわらず、5%という参与率を見れば疑問が湧いてくるのもご理解いただけるのではないだろうか。
 この状況を見て一部では、広報と利便性の不足によるものであるから、もう少し予算や作業に当たる人の数を増やしたほうがいいのではないかという主張が上がっている。しかし、投票の利便性以前に在外同胞による選挙の「意味」を再度検討してみる必要があるのではないかと思う。
 筆者もやはり海外居住の経験があるので、海外に居て投票をしたいのにできないというジレンマは誰よりもよく理解しているつもりだ。しかし、在外同胞による選挙の実効性と対象者の選定において、慎重な検討が必要であるという思いは消すことができない。


韓国の言葉や歴史を知らない人に投票権を?

在日同胞の場合、2世、3世と代を重ねていくほどに、韓国語を使えない人の数が増えてくる。韓国語を知らない人がどのようにして韓国の政党、候補者たいし投票することができるというのだろうか? 政党について、これまでにどのような活動をして、どのような法を制定し、どのような人材を輩出したのか。これを知らないのであれば「意味のある一票」を投じることはできないのではないか。韓国語を知らなければ、このような情報を受け取ることができないではないか。事実、韓国語だけではなく韓国の歴史、社会について何も知らない人は少なくないのだ。歴代大統領、歴代政権の功罪を知らない人々が多いというのが現状だ。このような有権者に韓国の未来を左右するかもしれない「一票」を預けることは果たして懸命な判断だろうか?

朝鮮総連が運営する朝鮮学校に通った人であればある程度韓国語を理解することができる。民族教育を徹底して行う朝鮮学校では「朝鮮語」教育を重視するためだ。ところで、時がたつにつれ「朝鮮総連」から「民団」に国籍を変える在日同胞が増えつつあり、朝鮮学校に通ったが、現在は「民団」に所属し韓国のパスポートと投票権を持っているという人も多い。
しかし、ここにはもう一つ大きな問題がある。朝鮮総連が運営する学校では徹底して、「北朝鮮の立場に立った」歴史教育が行われているということだ。韓国で教育を受けた筆者の目で彼らの教科書や歴史書籍を見ると、古いコメディーを連想してしまうほどだ。北朝鮮にとって、対立してきた韓国の歴代政権は「(米国の)傀儡政権」であり、「(米国の)犬」であり、日本人の前では「大日本帝国万歳!」を叫ぶ「売国奴」なのだ。それどころか、朝鮮戦争から最近の南北間武力衝突まで、全て100%「南」に悪因があるという。このような教育を受けてきた人たちに韓国の「一票」を預けることは果たして合理的判断と言えるだろうか? 彼らの「一票」に対する責任を取れるのは誰だろうか?


誰も責任を持たない「一票」

残念ながら在日同胞の関心は、「韓国」よりも、彼らの拠点である「日本」に関わることに向いているだろう。彼らが住んでいる日本の物価、就職、地震、天気、放射能問題が重要な関心事であり、韓国で発生した無償給食 やFTA(自由貿易協定、Free Trade Agreement) のような問題は彼らの関心を惹かないだろう。関心を惹くのは、彼らがいるその場所での収入や支出に直結する問題、つまり、韓国の「FTA」ではなく日本の「TPP(環太平洋戦略的経済協定、Trans-Pacific Partnership)」であり、「韓国軍の問題」より自分の安全と直結する「自衛隊の問題」だということだ。
 例として、兵士の給与の引き上げ案と関連した法案について考えてみたい。これは、数十万票と数千億の予算が動く問題である。軍人の立場からは、少しでも自分への便宜を図ってくれる、あるいは利益を確保してくれる候補者や政党を支持するだろう。軍人にとっては服務期間や待遇改善ほど切実な問題はない。しかし、在外同胞には納税義務も、兵役義務もない。そういった内容の法案に対し、韓国国内の国民に比べ、関心が低いのはごく当然と言えるだろう。政府が予算を浪費しようが、借金まみれになっていようが、彼らにはあまり関係がない遠い国の物語なのである。

もし、在外同胞が「色の良い(ビッジョウン)杏(ゲサルグ)〔「見掛け倒し」の意〕」であるポピュリズム的な政策・法案を支持し、ある政党・あるいは候補者を通過させようと考えたとしよう。韓国国内に住んでいる有権者であれば、自らの選択に対する責任を取らなければならない。ポピュリズム政策を乱発した政府や自治体が赤字となり借金が増加すれば税金の引き上げや公共料金の引き上げという形で責任を取らざるを得ないからである。このため「一票」の選択に、少し慎重にならざるを得ない。しかし、この法案を通過させるために一役買ったはずの在外国民はなんらかの責任を取るのだろうか?



「韓国を知らなければ」 他人の意見に流される

韓国語能力が不十分であったり、韓国社会や歴史についての知識が不十分であったりした場合、その人の「一票」は、周りの人々の影響を受けるだろう。両親が好きだという政党、おじいさんの故郷、あるいはテレビだとか新聞に頻繁に登場する人、または周りにいる人がよいと言う政党に投票することになるだろう。もちろん、このようなケースは韓国国内でも良く見かけるものである。実際に、家族の出身地や家族の政治傾向の影響を受けて、選択をする子供たちは多い。
 しかし、このような子供たちは成長過程において、多様な意見を聞くことができ、政治や社会に関心を持つようになるにつれ、自分だけの判断をできるようになるだろう。自分の 財布、兵役、就職などと直接関連する問題であるから、ある程度の関心は持たずにいられないだろう。
一方、在外同胞の場合、特定のチャンネル(メディア)を通して伝達される情報や、限定されたコミュニティー内部の評判に左右される危険性が格段に高い。

 韓国では未成年者には投票権を与えない。まだ世の中についての経験が少なく、責任のある「一票」を与えるには不十分だと判断されているためだ。しかし、韓国の高校生と日本、アメリカの在外同胞3世、4世を比較して考えてみて欲しい。どちらがより韓国の社会状況や歴史をよく理解していて、どちらがより韓国の未来について心配しているだろうか?

 もちろん、在外同胞の中には韓国国内居住者より深い関心を抱き、また、知識も有している人もいる。そして、そのような人たちのために投票の機会を設けることは間違いなく望ましいことだ。しかし、そのような人は少数に過ぎないことが問題である。
 一部では例え1%のためにでも投票権は補償されなければならないし、導入後、最初の年なのだから、忍耐強く様子を見ようという声がある。しかし、海外に永住している在外同胞の場合、若い世代であればあるほど、また時間が立てば経つほど韓国語を知らない人が増えるのが普通だ。広報や方法を改善することで「参与率」が上がることはあっても、これを「責任感のある一票」にすることは難しいだろう。
 山間の僻地に投票用紙を受け取りに行くのもいいし、インターネット投票もいいが「方法」の改善だけを考えるのではなく、在外同胞選挙制度の本来の意味からもう一度考えてみて、制度自体を改善することも必要ではないだろうか。







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